強歩大会や強行遠足の意義は心の限界を壊すこと

強歩大会や強行遠足に参加する人は、その意義について疑問を感じるかもしれません。強歩大会の意義は精神的な壁を壊すことです。

強歩大会には精神的・肉体的なトレーニングになるという考えもあります。しかし、肉体的なトレーニングにはなりません。強歩大会の効果は精神的なものだけです。

この記事では、中学校や高校の強歩大会の意義について紹介します。強歩大会に参加する人は参考にしてみてください。

強歩大会の意義

強歩大会の一番の意義は精神的なものです。人間にはできないことが多くありますが、その1つは精神的な壁を持っているからです。強歩大会をすると、精神的な壁を壊すことができます。

例えば、高校の強歩大会で長距離のランニングやジョギングをした人は、大人になってもそのことを覚えています。成人して肥満になったときに、高校で長距離を走ったことがあると、ランニングしてみようという気になります。

私は高校の頃に強歩大会で長距離を走ったことがあります。私は30代になってからもこのことを覚えていますが、29歳の頃にランニングを始めたときにその思い出が役に立ちました。

これは強歩大会に限ったことではありませんが、人間は過去に経験したことを再びするのは簡単です。

 

大人になると精神的な壁が問題になる

社会人には肥満や運動不足の人が多くいます。肥満は悪いことではありませんが、多くの人が肥満を解消できないでいます。

肥満を解消できない理由の1つは、精神的な壁です。肥満の人は運動すれば肥満を解消できるのに、運動できないと思い込んでいて運動をしません。

強歩大会で長距離のランニングやウォーキングをすることは、大人になったときに精神的な壁を持たないことにつながります。

例えば、40代や50代でランニングや運動を再開する人がいますが、このタイプの人には学生時代に運動していた人が多いです。過去に経験したことがあるので、ちょっとやってみようと思うのでしょう。

 

強歩大会で精神力は鍛えられない

1年に1回だけの強歩大会をしても、精神力を鍛えることはできません。精神力と体力は似ていて、どちらも継続的なトレーニングが必要だからです。

陸上部の選手はハードなトレーニングをしているので、精神力が強いと考えられています。確かに、陸上部の選手は精神力が強いかもしれません。しかし、陸上部の選手が辛い練習に耐えれるのは慣れているからです。

運動に限ったことではありませんが、人間は慣れることで辛いことにも耐えれるようになります。1年に1回の強歩大会には効果がありません。

 

強歩大会に体力的な意義はない

強歩大会に体を鍛える効果はありません。強歩大会はハードなトレーニングの1つですが、1年に1回だけでは効果がないからです。1回だけでも効果はあるかもしれませんが、その効果はすぐになくなります。

陸上のトレーニングには強歩がありませんが、この理由は強歩が役に立たないからです。無理な負荷をかけると足や膝が故障することにつながります。強歩大会に参加した人には、しばらく足や膝を痛める人も多いです。

強い負荷をかければ心身ともに鍛えられるという考えがありますが、これはトレーニングを誤解しています。

私は趣味でランニングしているので、毎日10kmを走っています。私は走り慣れていますが、強歩や慣れない持久走をしません。体力を鍛えるトレーニングになりませんし、足や膝を痛める可能性があるからです。

 

おわりに

強歩大会に参加する学生は自分なりに意義を見つけてみてください。自分が納得してやると、強歩大会を楽しむことができます。

私は高校の頃に強歩大会に参加しましたが、いい思い出になりました。当時は大変で苦痛でしたが、今では参加してよかったと思っています。

私は1983年生まれの男性ですが、今でも趣味でランニングを続けています。私にとっては高校の強歩大会が役に立ちました。

強歩大会を完走できる自信がない人は、数か月前から練習してください。強歩大会の内容は学校によって違いますが、5kmから10kmを走ることができると、完走する自信につながります。


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